広島弁護士会所属 福山市の弁護士森脇淳一

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裁判官の身分保障について(2)

2018.12.31

 裁判官の身分保障を弱めているもののとして、転勤のほかに指摘されているものに、給与(以下、その正式名である「俸給」と呼ぼう)「差別」と昇進(部総括指名、所長指名、高裁長官指名等)「格差」がある(後述の福島重雄裁判官のように、専門部のある裁判所では、担当裁判事務の「差」も生じ得る)。
 しかし、私は、裁判官の身分保障問題としてこれらを取り上げるのは、論理的にも、実際的にもおかしいと考えている。
 まず、「論理的」というのは、裁判官は、その職権を、憲法及び法律のほか、何者にも拘束されずに独立して行使することができ(憲法76条3項)、俸給の多寡でその職権に差はなく、部総括指名を受けていたり、所長や長官だからといっても、他の裁判官の判断に容喙することは許されないのであるから、裁判官は、俸給の多寡や昇進とは関係なく、思うがままに仕事ができるのであって、裁判官としての身分には何ら「差」がないといえるのである。

 また、「実際的」にも、私自身、記憶は定かでないが(捨ててはいないので実家に送った荷物をひっくり返せば、最高裁判所からの俸給辞令が出てくるとは思うが)、たしか、上野支部に着任した年であるから、多分、世間で言われているように任官18年目に判事4号俸を頂くようになってから、任官約35年半後に退官するまでずっと4号俸のままであったが、その給与額は、一番多かった時期で、月額額面90万6000円だったから(ご承知のように、裁判官の俸給額もいったん減額され、私が退官した時点では81万8000円。注1)、経営責任や、部下の不祥事について責任を負う必要がある管理職でもない(注2)、単なる「サラリーマン」としては破格の高給取りといえるであろう。また、裁判官同士で、特に互いの俸給について話題になることはなかったし、司法修習の期(以下、「期」とはその趣旨)が下の者が部総括指名を受けたりして、私より先に3号俸になったとわかったり、同期や、期の下の者が所長や高裁の裁判長になって、2号俸や1号俸になったことがわかっても(同期同士だと、尋ねて教えてもらうこともあった)、その交友関係に何ら差は生じなかった(期が下の者からは、やはり丁寧語を使われた。私の傍若無人な性格のなせる業かもしれないが)。なお、私が任官した頃、昇給が遅れると、先に3号俸に昇給した自分より期が下の裁判官に、裁判官会議などの席次や名簿などで抜かれてしまうという話を先輩から聞いていたので、任官当初から4号俸止まりになると予想していた私は、そのような事態に精神的に耐えられるだろうか、という若干の不安は感じていた。しかし、幸いにも、最近はそういうことはしなくなったのか、私が実際に席次や名簿(各自の号俸が書かれた部内名簿を見たことはあったが)で、期が下の者に「抜かされた」経験はなかった。もっとも、同期裁判官の中には、高裁などで、期が下の部総括の部に配属されて、期が下の裁判長(下級裁判所事務処理規則5条2項により、部総括裁判官が務める)の陪席をしている裁判官もいるから、私はたまたまそういうことにならなかったというに過ぎず、その場合、私がどういう気持ちになったかは、「体験」していないので、確言することはできない。しかし、部総括裁判官は、上記規則上、単に「部の事務を総括する」にすぎず、「事務」に「裁判」が含まれないことは明らかであるから、裁判官としての資格に上下が生じるわけではない。また、仮に、私が期の下の裁判長と合議を組んだり、期が下の所長や長官と仕事をすることがあったとしても、その実力が自分よりも上であれば尊重するし、そうでなければ、私が裁判長や所長を「鍛えて」やろう、と思っていたのである(注3)。

 最後に、裁判官としてできる仕事や職務分野に差が生じる、ということはある。たしかに、大都市の裁判所(東京地裁の商事部や知的財産関係事件を扱う裁判所などは別格だろう)と地方の裁判所で取り扱う事件の規模や性質は異なる。有名な戯れ歌「しぶしぶと支部から支部へ支部めぐり四分の虫にも五分の魂」は、私と違って不本意な支部への異動を同意してしまったり、10年の任期満了で裁判官をやめられない事情があれば、誰にでも起こりうるし、長沼ナイキ訴訟の一審裁判長であった福島重雄さん(一度お目にかかって、お話を伺ったことがある)のように、東京地裁に配属されても、手形事件しか扱わせなかったり、その後も地方都市の家庭裁判所にしか配属しないようにする「差別」は確かに私にも起こり得たことであった。
 しかし、どこの裁判所でも、また、どんな分野の裁判をするにしても、「裁判官」として誰かがしなければならない「仕事」なのであるから、これを「差別」ということも言いにくい。過去には、手形事件に非常に興味を持って手形事件に関する書物を物した裁判官、家事事件や少年事件こそ我が生きがいという裁判官も実際にいるのであるから、それらを嫌だというのはそれらの裁判官に失礼だし、単なるその人の好みであるから、それをもって「差別された」というのは違うであろう。
 以上のとおり、裁判官の身分保障にとって問題のなるような事象はなく、仮にそのような問題があると思う裁判官がいるのであれば、それは、その裁判官自身の気持ちの問題である、というのが私の立場である。
 もっとも、実際に裁判長と陪席との(職権や能力ではなく、論理を超えた権力に近い)力関係における差はあるし(これについては、別の話題として論じたい)、以上の私の立場も、やはり私のやせ我慢なのかな、と思わないわけでもない。(本文以上)

(注1)いわゆる都市手当(地域手当)は、国家公務員共通の問題であるからここでは捨象するが、私の場合、大阪市であったから、地域手当だけで月額13万0880円であった。
(注2)私は、裁判官に任官した際、裁判官は、任官1年目から、一般職(事務官や書記官ら)に対する「管理職」だと教えられたが、書記官は裁判官にはなし得ない特有の職権があるし、書記官や事務官には、それぞれ上司(書記官については主任書記官、首席書記官等、事務官については係長、課長等)があり、裁判官が一般職の管理をすべき立場にあるわけではない。また、裁判官が、裁判という仕事の上で、他の裁判官を「管理」することはあり得ない。
(注3)私がそのような「気概」を持つことができたのは、司法修習(修習地東京)の際に接した東京弁護士会所属の著名な弁護士に比べて、裁判官の人格や能力は、一般的には劣っていると感じたこと、裁判官になってからも、(自惚れを承知の上で、敢えていうが、)いわゆる「エリート」裁判官(最高裁判事や、最高裁事務局で働いたことがあったり、司法研修所教官や最高裁調査官をした経験のある裁判官)が、裁判実務において、必ずしも自分と比べて「優秀」だとは限らないとわかったこと、部総括や支部長をしていても、リーダーとしての素養がなく、実質的には、部総括や支部長に次ぐ立場にあった自分が、実質的にその部や支部の職員から頼られていると思うことがあったことも大きいと思う。もっとも、私の元で修習した司法修習生の中に、その能力において、私より格段に優れていると感じた修習生がいたし、裁判官の中にも、いわゆる「天才」と思うしかない人物がおり、それにふさわしいポストでその能力を発揮している人が多々いることは否定しない。