広島弁護士会所属 福山市の弁護士森脇淳一

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ある元裁判官の履歴書(8)[広島地裁3]

2020.04.01

 裁判官、特に刑事裁判官は、その仕事の性質から、法廷の場を除くと他者と話す機会は極端に少ない。もっとも、東京で修習したときも広島地裁でもそうであったが、刑事部の部ごとに法廷で立ち会う検察官が決まっていて(注1)、法廷では、被告人と弁護人は事件ごとに変わるが検察官は(人事異動がない限り(注2))同一であった。したがって、裁判官と立会検察官はしょっちゅう顔を合わすことになるので自然と話をする機会も多くなり(検察庁にとっては、そこ(裁判官と親しくなること)が狙いである・・・と思われる)、昔は立会検察官が裁判官室で裁判官と囲碁をしていて、開廷時刻が近づくと、まず検察官が裁判官室から法廷に向かい、裁判官は法服を着てからおもむろに法廷に向かう、ということもあったらしい。私が司法修習生としてお世話になった東京地裁では、裁判所の部の新年会に、その部に対応する部屋の検察官が大挙して参加していた記憶だし、広島地裁でも同様の飲み会があった記憶で(記憶違いならごめんなさい)、私も、当初はそのことを何も不思議に感じなかった(注3)。 他方、弁護人と刑事裁判官は、法廷以外で話す機会はほとんどなく(注4)、堅物裁判官だと(もっとも、中には、行きつけの「スタンド」(広島では、一般にいう「スナック」をそう言った)のママと懇意であるという「粋」な裁判官もおられたとか、おられなかったとか)、家族以外で話すのは部に所属する書記官と事務官、そして、部に配属される司法修習生(以下「修習生」という)だけ、という人もいたのではないかと思う。

と、いうのは前振りで、今回は、広島地裁における修習生に関わる思い出を3つ述べたい。

 ちなみに、私は裁判官人生の中で修習生と関わった機会が非常に少なく(これは、全くの被害妄想だろうとは思うが、当局が、私から修習生に対する「悪影響」を嫌ってのことなのかと考えたこともある)、1日だけ名古屋地裁で勾留や保全・執行の仕事を見てもらったり、広島高裁で刑事控訴審について講義をしたりしたほかは、初任の広島地裁の2年間と、4か所目の任地である奈良地裁本庁での5年間(平成3年4月〜同8年3月)の計7年間(私の裁判官人生の5分の1弱)だけであった。

 さて、1つ目も2つ目も、私の失敗談だ。

 私は、昭和58年4月12日に判事補に任官し、その後、熱海のホテルで新任判事補研修を受けてからだから、多分、同月下旬に広島地裁刑事1部に着任したが、そこには既に刑事1部で修習を受けていた36期の司法修習生がいて、私を出迎えてくれた。東京修習で、広島の裁判所に初めて足を踏み入れたばかりの私に対し、彼らの多くは広島出身で、かつ、既に約8か月以上広島の法曹界で修習していたから、情報格差は大きく、後から考えるに、多分色々教えてくれようとして私に話し掛けてくれた彼ら(しかも、その殆どの方は私より年上だった)に対し、私は情けないことに正直たじろぎ、また、(ほんの修習1年の差しかないのに)裁判官と修習生の「差」を示さねばならないと、彼らを「君」付けで呼んだところ、まもなく彼らの中の一修習生から、(私よりずっと)年上の人に君付けはどんなものか、と注意されてしまった。確かに「さん」と呼んだらよかったもので、彼らの多くは広島弁護士会所属の弁護士となって、彼らの中には時々顔を合わせ者もいるのだが、その度に、もう40年近く前のこととはいえ、恥ずかしく思い出してしまう。

 2つ目は、私が彼らの刑事模擬裁判のお世話をすることになった際、その裁判 に用いる記録が無罪事件で、私自身が刑事裁判の実務修習で用いたものだったところ(注5)、弁護士役の修習生が、無罪が取れる事件なのに、初めから無罪獲得について諦めムードだったことから黙っていることができず、記録で注目すべき点についてヒントを与えてしまい(ヒントでは理解してもらえなかったので、無罪となる理由を「説明」してしまったかもしれない)、そのヒント(説明?)が検察官役や裁判官役の修習生にも広まって、模擬裁判が、最初からその「説明?」に沿った、下手な(・・・失礼)「演技」になってしまい(今でも、弁護人役の修習生が、もう少しうまくやればよかったのにと、多少の「憤り」は感じるが)、後からそれを知った部総括裁判官に小言を言われてしまったことだ(ああ、恥ずかしい)。

 3つ目は、私が修習生時代からやりたかった「代用監獄」(注6)の内側の見学を企画した件である。

 私は、弁護修習の際、警察署で被疑者とのアクリル板越しに接見をした経験はあったが、警察署の留置場の中の様子を見たことはなかった(記憶だ)。ところが、他の修習地で修習した同期修習生からだったと思うが、代用監獄、つまり、警察署の留置場を見学したという話を聞いて、私が裁判官になったら「(代用)監獄」たる留置場を見る権限があるはずだから(注7)、そこを見てみたいと思った。広島の刑事裁判修習でその予定は組まれていなかったし、修習生に聞くと、弁護修習でも、検察修習でも、代用監獄を見学する修習はなかったと聞いたので(そういう記憶だ)、それなら司法修習の予定がない(修習専念義務が外れる)土曜日午後か日曜日に「自主的活動」(私自身の司法修習生時代の「自主的活動」については、別稿で述べたい)として行うつもりで、気軽な気持ちで修習生に声を掛けて賛同を得、確か、裁判所から一番近い広島東警察署(現在の場所とは異なる)に電話を掛けて代用監獄の見学を申し込んだところ、同署から、裁判所長からの依頼があれば結構、との返答があった。そこで、私は、広島地裁所長室に、一人のこのこと出掛けていって、所長に直接その旨お願いした。ところが、その直後、所長から私の「お願い」を聞いたらしい部総括から、なぜ自分に話をしなかったのか、なぜ自分を通さなかったのかと言われてしまった。

 私は、当時から、裁判官は独立しており、部総括とも対等であるという意識があったから、所長と話をするのに部総括の承認がいるとは思っていなかったし、そもそも、司法行政事務とは無関係である自主的活動について所長に話をするのに、部総括を経由しないといけないなどという意識は微塵もなかったため、青天の霹靂とでもいうべき事態であった。

 結局、所長から警察宛に依頼をしてもらう話はうやむやになり、「代用監獄見学」企画はおじゃんになってしまった(注8)。

 私は、裁判所の「世間」について全く知らなかった若干25歳の私を、今もって責めるつもりは全くない。その後、私自身は代用監獄を結構見て回ることができたが、今も、広島地裁で修習生と一緒に代用監獄見学をしたかったなぁという気持ちはあるし、部総括を通じてならできたのかなぁと(部総括にはやめておくように言われた可能性もあるが)、残念な気持ちが残っている。

(注1)東京では、検察庁の公判部(検察庁では、捜査を担当する部署を「刑事部」、刑事裁判で法廷に立つ仕事を担当する部署を「公判部」と称するのが習わしである)に、裁判所の「部」ごとに対応する検察官が数人所属する部屋(「第何室」と言っていたような記憶もある。ネットで調べたがよく分からない)があって、それぞれに「長」がいた(私が修習した東京地検の公判部の「部屋」の「長」の方は、検察官らしからぬ「紳士」で、私史上初めて帝国ホテルに入り、たしか上の方の階でサンドイッチをごちそうになった記憶であるが、その後、園部逸夫さんにも帝国ホテルに連れて行かれた記憶もあり、定かでない)。なお、検察庁の大抵の「本庁」(県庁所在地にある検察庁。それ以外の都市にあるのが「支部」)には、捜査を担当する検察官が所属する「刑事部」等(東京等大庁には、有名な「特別捜査部(特捜)」もある)と、専ら公判を担当する「公判部」等(今はなくなっているようだが、東京地検には「特別公判部」というのもあった)があるが、それがない支部等の小庁では、「主任立会制」(「しゅにんりっかいせい」と読んだ記憶である)といって、捜査を担当した検察官が同じ事件の公判も担当することが多く、その場合は、事件毎に検察官も代わる。
(注2)もっとも、私が所属した広島地裁刑事1部(合議)の立会検察官は「特任検事」(法曹資格(✳︎)を持たない元副検事が、検察官特別考試を経て選考された(正)検事(検察庁法18条3項))と聞いた記憶で、流石に優秀かつ温厚なとてもいい方であったが、私が広島地裁に所属している間、異動されなかった(特任検事は異動はないとも聞いた)。
(✳︎)司法試験を経るなどして弁護士になる資格を有する資格を「法曹資格」と呼んでいる。

(注3)しかし、裁判官懇話会に参加する裁判官や青年法律家協会の裁判官部会(これらについては、後に説明することになろう)所属の裁判官と話すうちに、裁判官は、検察官の申立てをチェックする立場にあるのだから、そのようなことはあってはならないことだと認識するようになり、その後、私は、検察官を裁判官室に入れたり、ましてや、検察官と私的に飲んだりすることは、決して許されることではないと考えるようになった。
(注4)保釈面接などで、弁護人を裁判官室に入れる裁判官もいたが(私は、保釈面接を求める弁護人とは、積極的に裁判官室で会う方であった)、弁護人が裁判官に法廷外での面会を求めても、必ず書記官を通じて断り、決してそのようなことはしないという立場の裁判官もいる。

(注5)告白するが、私が修習生としてその記録に基づいて模擬裁判をした際、私は被告人役をやったが、弁護人役の修習生ともども、広島の36期修習生と同様、その「無罪とすべき証拠上のポイント」に気づかなかったが、裁判官役の女性修習生(後に裁判官)が、的確にそれを指摘して(模擬)判決を言い渡すのを、「ホーッ」という思いで聞いた記憶がある。

(注6)平成18年5月24日施行の「刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律」に改正(改題✳︎✳︎)される前の監獄法(以下「旧監獄法」という)1条3項に「警察官署ニ附属スル留置場ハ之ヲ監獄ニ代用スルコトヲ得」とあったことから、警察の留置場を「代用監獄」と呼ぶ習わしであった。
(✳︎✳︎)同法は、その後、更に改正されているが、本題と離れるのでここでは説明しない。

(注7)旧監獄法4条2項には「判事及ヒ検察官ハ監獄ヲ巡視スルコトヲ得」と規定されていた。

(注8)「おじゃんになる」という表現は、最近とんと見かけなくなったが、「中途で駄目になる」という意味である(ネットで「だめになる」の意味も解説されていたが、それくらいは理解してもらえるだろう)。