広島弁護士会所属 福山市の弁護士森脇淳一

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弁護士の生活(2)

2019.01.03

 弁護士になって最初の正月休みを迎えた。
 裁判官時代には、長期の休暇中も気になる事件の記録を借り出して判決や決定の起案をして過ごすこともあった。しかし、弁護士になってからは、秘密保持の必要性は同じはずなのにどうも当事者の顔が近いせいか記録を事務所の外に持ち出すのは気が引け、仕事は事務所だけでするようになった。
 今年(平成31年)の正月休み(1月6日まで)は、1月10日が締切の「新規登録弁護士研修(倫理研修)」の回答を作成するための資料読みなどして過ごすつもりだ。
 ところで、弁護士に転身すると決めて最初の、かつ、最大の不安は、弁護士の数が爆発的(といってはオーバーか?)に増えたのにもかかわらず、裁判所が受理する事件が全体的に減少していることから、果たして自分に仕事が回ってくるだろうか、ということだった。
 弁護士になってからの2か月間、法テラスを利用しての法律相談(相談料は、同一事案について3回まで、相談者が負担するのではなく法テラス[税金]からいただける)や民事事件の受任(費用や着手金等は、法テラスがいったん立て替え、後に、依頼者が法テラスに分割返済する)、国選弁護人の依頼のほか、法テラスを利用しない民事事件や家事事件の代理人も受任でき、結構忙しい日々が続いたから、上記不安は一応杞憂に終わったといえよう。もっとも、この先も同様の日々が続く保証はない。しかも、今年3月には、生まれて初めて税務署に対して青色申告をするべく帳簿を作成しているが(ついつい、領収書はいらない、と言ってしまいそうになって慌てることもある)、弁護士2か月間の収支は、弁護士会の入会金や弁護士業務立ち上げのために要した諸費用があって大幅な赤字であるから、この先不安がないわけではない。
 裁判官の生活と比べて最も違和感を覚えたのは、依頼者から、物(菓子や、依頼者の庭や畑でできた果物、自家製の食料品等)をもらってもよい、ということである(不思議と、着手金等を頂くについてはそのような違和感は感じなかった)。まだ数少ない依頼者(法テラスを利用する依頼者からは物をもらうわけにはいかないし、そのような依頼者が私に物を渡そうとすることはなかった)であるが、結構高価なもの、手の込んだものを頂いて、その度に頂いてよいのだろうかと自分に問い、そうだ、もう自分は裁判官ではないのだ、と自分に言い聞かせた。裁判官の感覚がまだ完全には抜けていないので、どうしても事件の依頼者と裁判所にいらっしゃった当事者(私の立場が変わっただけで、人物としては同一である)を同一視してしまうようである。
 それぞれとてもおいしいものを頂戴し、ありがたくいただいているが、嬉しい限りである(注)。
 そのほか、細かいことであるが、「先生」と呼ばれることも最初は大いに違和感があった。とにかく、私の人生で初めての経験である。最初は、「森脇先生」と呼ばれて、近くに誰か「森脇」という弁護士がいるのかとキョロキョロしてしまった。しかし、これについては数日で慣れてしまった。裁判官であったときは、当事者の手前、弁護士のことはなるたけ「先生」の語は使わず、民事の場合は「原告代理人」、「被告代理人」、刑事の場合は「弁護人」と呼ぶようにしていたが、弁護士同士の会話でそれは通用しない。最初は仕方なく使っていたが、こんなに早く自分も使うことに慣れてしまったのは意外だった。「さん」で呼んでもよいのだろうが、元々人の名前を覚えるのが不得手であった上に、年をとってからは、よく知っている人の名前でも咄嗟にはとんと名前が出てこなくなった。したがって、そのような場合、「先生」と呼ぶのは非常に便利だ。こればかりは大勢に従うしかないな、と思うこの頃である。(以上)
 

(注)私が裁判官を辞めると知った裁判官から、「病気でもしたのか」というお問い合わせを頂いたことから、年賀状のやり取りもしていなかったかつての友人や知人を含め、広く弁護士開業の挨拶状をお送りしたところ、長年連絡も取っていなかった方を含め、幾人かの弁護士の知人等から、開業祝に花などを贈っていただいたり、激励の電話をいただき、とても嬉しかった。この場をお借りして御礼申し上げたい。なお、友人・知人からの贈り物については、依頼者からのものとは違って違和感はなかった。