広島弁護士会所属 福山市の弁護士森脇淳一

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後見事件について(2)

2019.01.15

 「後見事件について(1)」でも書いたように、私が初めて後見事件を担当したのは平成13年4月、当時の津家庭裁判所上野支部(現・伊賀支部)に着任し、家裁事件全般を担当するようになったときだった。丁度その1年前の平成12年4月に、それ以前の禁治産・準禁治産制度(以下「禁治産制度」という)が成年後見制度に改められたことは知っていた。しかし、特にその分野の仕事をしたこともなかったため私の関心は低く、大学や司法試験の短答試験問題対策(禁治産制度は論文試験に出るような論点ではなかった)で勉強した、心神喪失状態の人を禁治産、そこまでいかない人や浪費癖がある人などを準禁治産として、本人のために家族が契約したり、本人がした契約を取り消すという財産的な法律行為を行う制度を、今少しきめ細かにした、というくらいの認識しかなかった。

 しかし、実際に担当してみると、成年後見制度(注1)の趣旨・目的は私の認識とは相当に異なることがすぐに分かった。何より禁治産制度が前提としていた社会条件(相互協力依存関係を持つ家族共同体の存在)はほぼ消滅し、成年後見等を必要とする人(以下「被後見人」という)の中には家族がいなかったり、家族がいても被後見人を保護する意思や能力がなかったり、被後見人の財産(年金を含む)を奪うなどするため、後見人は被後見人の財産を守るだけではなく、被後見人の身の回りのことまで配慮する必要がある場合も多かった(以下、これを便宜上「第一類型」と呼ぼう)。被後見人のことを心配する「普通の」家族がいる場合でも、認知症が重かったりしてやむなく被後見人を施設に預けている場合には、その施設が被後見人の意思能力に疑問を感じ、入所契約を結ぶためには後見の申立が必要だと被後見人の家族に働きかけたことから後見開始が申し立てられるケースもあった(以下、「第二類型」と呼ぼう)。
 したがって、禁治産制度の時代と比べて受理事件数も大幅に増えたし、今後、いわゆる団塊の世代が老齢になるに従ってその数が膨大になっていくことも容易に予想できた。

 第一類型の場合、後見人候補者を被後見人の親族に求めることは困難で、いわゆる専門職にお願いするしかなかった。ところが、当時、上野支部管内には後見人を依頼できるような弁護士は一人しかおらず、結局、後見人の給源として考えられるのは、いち早く全国組織(公益社団法人 成年後見センター・リーガルサポート)として体制を整え、後見人候補者として名乗りを上げた司法書士しかなかった(その後、私自身、社会福祉士に成年後見人の依頼したことがあり、また、現在は行政書士等も専門職としての成年後見人候補者になっているようである)。
 私が選任したのか、前任者が選任したものだったか記憶が定かでないが、同支部の調停委員でもあった非常に経験豊富かつ有能なある司法書士に成年後見人をお願いしていたが、その方からこんな話を聞いた。被後見人は、相当に古い家に一人住まいしているのであるが、ある日、被後見人から、家の電球が切れたので新しいものと交換してくれという連絡があって、そのためだけに被後見人の家に行って電球を交換したが、高いところにあって大変だった、この被後見人からは、今回だけでなく、あれこれと呼び出されるので大変だと。
 この話を聞いた私は、後見人がそんなことまでする必要はないし、そんなことまでするのは間違っている上、司法書士がそのようなことまで行うのはその持つ能力の無駄遣い(損失)であると思った。この私の「思い」は法律的には正しかったが(後見人には被後見人の身上配慮義務はあるが、その義務には電球を交換するなどの「事実行為」をすることは含まれない)、実際上は間違っていた。つまり、法律に従えば、電球を交換するなどの事実行為については後見人が第三者(たとえば電気屋)に依頼し、その旨の契約(法律行為)をすればよいのであるが、第一類型の被後見人の多くは資産がなく、年金もさほど多くなく、被後見人の生活費を考慮すると後見人に対する報酬すら些少であって(注2)、電球交換などのために電気屋などに依頼して費用を出すのは困難であることが多い。しかるに、後見人以外にそのような行為をするひとはいないから、結局は、後見人自らが電球の交換に当たるしか仕方がないのである。
 また、第二類型の後見人からは、後見人を監督する立場である私(後見裁判所)に対して、以下に例示するような種々雑多な相談が持ち込まれた。
ア 被後見人の孫が大学に合格した。被後見人が元気なときには他の孫に入学祝として100万円を渡していたから、今回も被後見人の財産から100万円を渡してよいか。
イ 被後見人はたくさんの土地を所有しており、相続が発生した際、多額の相続税を支払う必要があるが、このたび、被後見人の所有する一等地に、借金をしてコンビニエンスストアを建てて貸せば相続税が少なく済むという話が持ち込まれた。応じてよいか。
ウ 被後見人は、元気な頃、一度でよいからミンクのコートを着たいと言っていた。天国に召される前に被後見人の夢を叶えたいが、ミンクのコートを買ってよいか。
 以上の各事例では、被後見人にはたくさんの財産があり、かつ、年金、事例によっては所有財産からの賃料収入、株式配当、利子等により、被後見人のための生活費等を費消してもその財産は増え続けていたから、これら後見人が行いたいとしている行為をしても、被後見人に特に不利益はなく、推定相続人がよいと思うのであれば許可してよいと思われた(実際、ウの事例については、被後見人及び推定相続人の意思を確認した上(注3)、ミンクのコートを買ってよいと告げた)。
 しかし、アについては、余りに多額であることから、イについては、借財をすることが被後見人にとっては何ら利益にならない上、真実経済合理性があることなのかどうか判断できなかった(本来、専門家の意見を聞いて判断すべきであったのかもしれないが、当時、そこまで頭が回らなかった)ことから、いずれも後見人がそれらの行為をすることには消極的である旨の意見を述べた(それにもかかわらず、後見人が被後見人に代わってそのような行為をすることは可能であろうが、裁判所がそのような意見を述べた以上、実際に行うことは困難だったであろう)。
 そのとき、私は、初めて、成年後見を担当する裁判所(裁判官、家庭裁判所調査官、書記官、参与員ら)が、誰の助けも借りずに成年後見制度を運営していくことには無理があるのではないか、そもそも成年後見制度の制度設計自体に誤りがあったのではないかと感じた。
 その後、私が、上野支部(伊賀支部)で成年後見に関して行ったことについては、また機会を改めて触れたいと思う。(以上)
 

(注1)ここでは,主に法定後見制度について述べる。
(注2)人のよい司法書士や弁護士、社会福祉士等が実質的に無報酬で(報酬付与決定の申立をしなければ、そうなる)後見人を引き受けていただいていることも多いのではないかと想像している。ドイツでは、月額9万円以下の収入しかない成年被後見人の場合には、申立費用や後見人(ドイツでは「世話人」という)の報酬等すべて国が負担するという(2002年3月20日信山社刊「成年後見と社会福祉」75ページ「先進的外国法実務における参考例」池田恵利子さん執筆部分)。成年後見制度を立ち上げる際、厚生労働省と裁判所がその所管を互いに押し付けあった、という噂を聞いたことがあるが(その真否は定かではない)、仮に厚労省が担当していたら、もっと国の予算を投入できていたであろう。日本の福祉施策の貧困が、ここにも現れているといえるのではないか?(2020年3月5日付記)
(注3)被後見人本人の意思をどのように確認したかははっきり覚えていないが、直接ではなく、身の回りの世話をしている人から聞いたような記憶である。